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2021年 9月 27日

Lee et al Nature 2021 プレスリリース

プレスリリースPDF版はこちら

Lee et al Nature 2021 pressJ: CV

カリフォルニア大学アーバイン校

835 Health Sciences Road, Irvine CA

TEL:1-949-824-5011

URL:https://uci.edu/

国立大学法人 福井大学

福井県福井市文京3丁目9番1号

TEL:0776-27-9733(広報センター)

URL:https://www.u-fukui.ac.jp

Lee et al Nature 2021 pressJ: Publications

「美味しい匂い」の記憶は
ドーパミンによって作られる

              ことを発見

Lee et al Nature 2021 pressJ: Text

本研究成果のポイント:

◆脳がどのように「美味しい匂い」の記憶を作り出しているのか不明であったが、本研究ではこのメカニズムを明らかにした

◆「嗅内皮質」とよばれる脳の記憶領域の神経細胞が「それまで意味を持たなかった匂い」と「甘い砂糖水を飲む体験」の二つを結びつけることで、記憶の定着化を行っていることを発見

◆脳の記憶領域である嗅内皮質において、脳の快楽物質として知られるドーパミンが記憶の起爆剤として働き、記憶定着化が行われているという驚きの新発見

◆アルツハイマー病の初期には匂いの感覚に障害が出やすいことが知られており、今後アルツハイマー病における記憶障害研究が進むことが期待される


本研究は、英国科学誌「Nature」で発表されます。(*論文へのリンクはこちら*

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<研究概要>

カリフォルニア大学アーバイン校医学部の五十嵐 啓 助教授と福井大学医学部の村田 航志 助教の共同研究チームは、「美味しい匂い」がドーパミンによって脳で記憶されることを発見しました。

福井名産の「へしこ(鯖の糠漬け)」は強い匂いを放つために敬遠されがちですが、一度食べればその美味しさからやみつきになります。私たちが「へしこの匂い→美味しい」と思えるようになるためには、もともとつながっていなかった「匂い」と「美味しいという体験」を連合して記憶する脳機能(「連合記憶」の機能)が必須です。美味しい匂いの記憶を作り出す脳部位の探索はハエなどの動物ではなされてきましたが、脊椎動物において、どの脳部位がどのように関与しているのかは不明でした。

本研究チームは、マウスが匂いと砂糖水の連合記憶を行っている際に、嗅内皮質注1)と呼ばれる脳部位の活動を電気生理学記録法注2)により解析しました。

マウスが「匂い→砂糖水」という体験をすると、嗅内皮質の扇状細胞と呼ばれる神経細胞が連合記憶の形成を行っていることを発見しました。この際、新しい匂いを嗅いですぐに砂糖水がもらえると、脳の快楽物質として知られるドーパミンが嗅内皮質に放出され、このドーパミンによって匂いへの応答性を扇状細胞が獲得し、“連合記憶の定着化”が行われていることが明らかになりました。この結果は、嗅内皮質のこれまで全く知られていなかったドーパミンによる連合記憶機能を明らかにした発見です。

アルツハイマー病では匂いの感覚が初期に障害を受けることが知られています。さらに、嗅内皮質はアルツハイマー病で最も早く障害が始まる脳部位であることも知られています。本研究をもとに、今後アルツハイマー病で連合記憶が失われていく際の嗅内皮質の神経回路の病態が解明され、将来的には記憶疾患の治療法へとつながることが期待されます。

本研究は、2021年9月22日(英国時間)に英国科学誌「Nature」で発表されます。

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​福井名物 「へしこ」

福井県民にとって、ご飯に載ったへしこの香りは垂涎もの。

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<研究の背景と経緯>

食の感覚(嗅覚[きゅうかく]と味覚)は古くから記憶と深く結びついた感覚であることが知られています。プルーストの小説「失われた時を求めて」では、主人公がマドレーヌの香りによって幼少期の記憶を鮮やかに思い出すところから物語が始まります。また、私たちは街角を歩いていて、玉ねぎの香りがしたら、「ああ、このうちは今日カレーかな?」と想像することでしょう。このように、匂いによって何かを思い出すことは私たちが少なからず日常生活で体験することです。さらに、匂いをかいで、食物が食べられるかどうかを判断することも、私たちの日常生活には必須の脳機能です。しかしながら、このような匂い記憶の機能が、脳のどの部位で、どのように作り出されているのかは、これまであまり分かっていませんでした。

嗅覚と記憶が強く結びついている理由は、脳のなかで、嗅覚を処理する脳部位と、記憶を処理する脳部位が隣接しているためだと考えられていました(解説図)。匂いの感覚は、鼻に入った匂い分子の情報が、脳の嗅覚野と呼ばれる部位へと運ばれることによって処理されます。一方、記憶は、脳の海馬と呼ばれる部位で処理されます。この嗅覚野と海馬は、嗅内皮質(きゅうないひしつ)と呼ばれる領域で橋渡しされ、情報が交換されています。しかし、嗅内皮質がどのように匂いの記憶をつくりだしているのかは、これまで解明されていませんでした。

本研究チームは今回、嗅内皮質と快楽物質ドーパミンに着目し、マウスが匂いを手がかりとして美味しいという体験を記憶するための神経回路の仕組みを明らかにしました。

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マウス脳の概略図。嗅内皮質は、匂い情報を嗅覚野から受け取り、この情報を記憶中枢である海馬へと送る。嗅内皮質は脳幹のドーパミン産生細胞からドーパミンも受け取っている(下図)。

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<研究の内容>

本研究では、マウスに「匂いA→砂糖水」、「匂いB→キニーネ水(苦水)」という体験(連合記憶課題)を学習させました。砂糖水は甘いので、マウスは匂いAには舌舐め反応をするようになりますが、キニーネ水は苦いので匂いBには舌舐め反応をしなくなります。学習後、匂いC→砂糖水, 匂いD→キニーネ水, …のように次々と新しい匂いを学習させ、その間に嗅内皮質(特に外側嗅内皮質と呼ばれる領域)の脳活動の記録を行いました。脳活動の記録には光遺伝学法注3)を用い、嗅内皮質の扇状細胞と呼ばれる神経細胞から活動電位を記録しました。その結果、嗅内皮質の扇状細胞は、砂糖水に連合した匂い群と、キニーネ水に連合した匂いのそれぞれにグループ化することが明らかになりました。光遺伝学法を用い、扇状細胞の活動を止めてしまうとマウスは新しい連合記憶ができなくなります。扇状細胞は、「舌舐めをするべきか、しないべきか」というマウスにとって必要な反応ごとに、新しい情報の整理を行ったうえで、記憶の定着を行っていると考えられます。

さらに、扇状細胞がどのように情報の整理をおこなっているのかを、カルシウムイメージング法注4)という手法を用いて調べました。その結果、砂糖水をもらえる匂い群をマウスが嗅いだときにだけ、脳の快楽物質として知られるドーパミンが嗅内皮質に放出されていることが明らかになりました。すなわち、砂糖水がもらえる「うれしい体験」があることをドーパミンが嗅内皮質の扇状細胞に教えていたのです。光遺伝学法を用い、ドーパミンの放出を止めてしまうと扇状細胞の活動が低下し、マウスは新しい連合記憶ができなくなってしまいました。ドーパミン信号が学習の際に、扇状細胞の活動を活性化させる起爆剤となることで、記憶の定着化を行っていると考えられます。ドーパミンはこれまで、線条体・前頭葉と呼ばれる脳領域での存在が知られていましたが、今回の研究は、脳の記憶領域である嗅内皮質でドーパミンが直接記憶を作り出しているという驚きの新発見となりました。

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美味しい匂いの記憶は、嗅内皮質ドーパミンによって定着化される(下図)。

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<今後の展開>

今回の結果はマウス脳における発見ですが、私たちヒトにも嗅内皮質があり、同様の機能を持つと考えられます。歳をとっても脳の記憶機能を保つためには、「へしこの匂い→美味しい体験」のように美味しい、嬉しいなどのポジティブな体験を保ち続けることが重要であることが予想されます。

今回の結果は、記憶疾患であるアルツハイマー病の原因解明にも役立つことが期待されます。アルツハイマー病は、高齢化社会における最も深刻な疾患の1つですが、その原因には不明な点が多く、いまだ適切な治療法が存在しません。嗅内皮質、特に外側嗅内皮質がアルツハイマー病で最も早くダメージを受ける脳部位であることは古くから知られていましたが、なかでも外側嗅内皮質の機能が不明であったことから、治療法の開発には結びついていませんでした。将来、嗅内皮質の扇状細胞の活動が低下しないようにすることで記憶低下を予防するような治療法が可能になることが期待されます。

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<用語解説>

注1)嗅内皮質(きゅうないひしつ)

海馬と共に、脳の記憶中枢を形成する脳部位。脳のさまざまな部位からの情報は、嗅内皮質を経由して海馬に入り、記憶として貯蔵される。また、貯蔵された記憶情報は、嗅内皮質を経由して脳のさまざまな部位へ送られる。このため、海馬と嗅内皮質のいずれかが損傷を受けると、記憶障害を生じる。


注2)電気生理学記録法(でんきせいりがくきろくほう)

脳の活動を調べるために、電気信号を金属電極により直接計測する方法。脳は神経細胞(ニューロン)が作る電気回路により情報を処理している。この電気信号は、外科的手法で電極(記録デバイス)を脳に留置し、直接計測することで明らかにできる。脳の一つ一つの神経細胞の活動電位を記録できるため、磁気共鳴機能画像法(fMRI法)等と比べて非常に高い精度で脳活動の解析ができる。


注3)光遺伝学法(ひかりいでんがくほう)

光によって活性化されるタンパク分子を特定の神経細胞に発現させ、光を用いてその神経細胞の機能を活性化したり遮断したりする方法。神経細胞の活動を高精度で操作可能な方法として2000年代から急速に発展してきた。


注4)カルシウムイメージング法

電気生理学記録法では記録しづらい脳の活動を測定する方法。今回の実験では、ドーパミンが放出されている度合いを嗅内皮質から直接記録するために用いた。

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〈発表雑誌〉

「Nature」(ネイチャー)

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〈論文タイトル〉

Dopamine facilitates associative memory encoding in the entorhinal cortex

(日本語タイトル:「嗅内皮質においてドーパミンが連合記憶形成を促進する」)

英国時間:2021年 9月22日 午後4 時 電子版に掲載

【DOI 番号:10.1038/s41586-021-03948-8】

Lee et al Nature 2021 pressJ: Text

〈著者〉

Jason Y Lee, Heechul Jun, Shogo Soma, Tomoaki Nakazono, Kaori Shiraiwa, Ananya Dasgupta, Tatsuki Nakagawa, Jiayun L Xie, Jasmine Chavez, Rodrigo Romo, Sandra Yungblut, Meiko Hagihara, Koshi Murata, & Kei M Igarashi


相馬 祥吾(カリフォルニア大学アーバイン校 博士研究員(当時))
(現 京都府立医科大学 助教)

中園 智晶(カリフォルニア大学アーバイン校 博士研究員(当時))

(現 福島県立医科大学 助教)

白岩 芳  (カリフォルニア大学アーバイン校 技術補佐員)

中川 達貴(カリフォルニア大学アーバイン校 博士研究員)

萩原 芽子(福井大学 医学部 医学科 4年 )

村田 航志(福井大学 医学部 脳形態機能学分野 助教)

五十嵐 啓  (カリフォルニア大学アーバイン校 助教授、責任著者)

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本研究は下記事業等の採択を受け実施しました。

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域:「生命機能メカニズム解明のための光操作技術」

(研究総括:七田 芳則 立命館大学 総合科学技術研究機構 客員教授/京都大学 名誉教授)

研究課題名:高速光操作による記憶行動を支える脳回路同期機構の解明と回復

研 究 者:五十嵐 啓(カリフォルニア大学 アーバイン校 医学部 神経科学・解剖学科 助教授)

研究期間:2017年4月~2020年3月


米国国立衛生研究所 科学研究費

研 究 者:五十嵐 啓


文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)

研究領域 :多様な質感認識の科学的解明と革新的質感技術の創出

研究課題:神経操作で探るおいしい香りを認識する脳内メカニズム(18H05005)

研究代表者 村田 航志  福井大学 学術研究院医学系部門  助教

研究期間 2018年4月1日~2020年3月31日

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<お問い合わせ先>

(研究に関すること)

五十嵐 啓(いがらし けい)

カリフォルニア大学アーバイン校 医学部 

神経科学・解剖学科 助教授

835 Health Sciences Road, Irvine CA 92617, USA

TEL:+1-949-824-4673  E-mail: kei.igarashi@uci.edu


村田 航志 (むらた こうし)

国立大学法人 福井大学 医学部 脳形態機能学分野 助教

〒910-1193 吉田郡永平寺町松岡下合月23-3

    TEL:0776-61-8305 E-mail: kmurata@u-fukui.ac.jp


(報道に関すること)

国立大学法人 福井大学 広報センター

林 美果(はやし みか)

〒910-8507 福井県福井市文京3-9-1

TEL:0776-27-9733 E-mail:sskoho-k@ad.u-fukui.ac.jp

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